TICO 30周年記念

TICOの活動はこれからも続いていきます!

TICO 30周年を記念した記事が新聞に掲載されました!

役員からの寄稿文

代表理事 吉田 修

 皆様のご支援のおかげで、TICOが活動を30年も続けることができました。心からお礼を申し上げます。

 この間に世界の情勢は大きく変貌し、それに伴ってNGOの立ち位置も変わって来ました。 

 1990年代、TICOがザンビアで活動を始めた頃、日本はバブル景気で絶好調、援助額で世界1になったこともありました。当時のザンビアは極貧でした。最初の活動の場となった首都ルサカ市ンゴンベ地区は、数万人が暮らす貧民街で、蛇口を捻って水が出るタップが7箇所しかありませんでした。エイズの蔓延、栄養障害、不衛生などなど、典型的な途上国の問題が全て揃っている状況の中、母子の栄養改善のための事業を開始しました。

 それから30年、いろいろな事業を実施してきましたが、2003年の大旱魃が一つの転機でした。地球温暖化に対する先進国の責任を改めて痛感し、人類共通の課題として対処しなければならないと痛感しました。

 「干ばつに強い村作り、WAHE project」をチサンバ郡で始めました。W:水源の確保 A:持続可能な農業の普及 H:住民参加の健康活動 E:それらを支える教育 この4つを柱にした project です。トータルでそれほど上手くいったとは言い難いけれども、考え方は今も正しいと思っています。

 もう一つ、基本的な考え方として、それぞれの活動の持続可能性(sustainability)を常に意識して来ましたが、これも大変難しい問題でした。TICOにとって、資金源の切れ目は活動の切れ目、あとはザンビア側に頑張ってもらうしかありません。最初のンゴンベの事業は、栄養改善+職業訓練+保育所+小学校と発展し、学費を徴収したりヨーロッパのNGOの支援を取り付けたりしながら持続している成功例です。反対に、救急隊の事業は、TICOが支援をやめて数年後に完全に終わってしまいました。レッカー車を導入し事故車の輸送を有料にするなど事業化を図ろうとしましたが上手くいかず、警察からの支援もありませんでした。

 この間、ルサカの状況は一変し、町中が大渋滞し幹線道路が立体になり、ショッピングモールが乱立しどれも盛況です。それでも医療のレベルはそれほど上がっておらず、特に心臓の手術がほとんど行われていません。現在、TICOはザンビアでザンビア人による心臓手術が安全に行えるよう技術協力を行なっています。街の発展を考えると、ここで心臓の手術ができないなんて「おかしい」のです。きっと数年のうちには心臓外科が当たり前になり、次の世代を育成するようになると思っています。

 カンボジアでは救急医療の改善のためのプロジェクトを再開しています。数年ぶりにカンボジアの医師たちとお会いし状況を聞きましたが、ザンビア同様、経済発展は凄まじいようですが、救急の現場はあまり良くなってないようです。熱心な医師たちに期待したいと思います。

 TICOの30年が、ちょうど日本の『失われた30年』と重なります。一人当たりの収入(2位→30位以下)女性の社会進出(世界125位、ザンビア85位)、少子化に有効な手段を打てず、地球温暖化対策も消極的、難民も頑なに受け入れず、軍備は倍増する、間近に迫る食糧危機、地方から崩壊しつつあります。ザンビアから徳島に帰ると「衰退」を痛感します。もしかしたら「援助」なんて言ってられないのかもしれません。NGOも、今後は経済活動を伴い収入源を確保したやり方(もちろん地球温暖化を食い止める方法で)に変えていくべきだと強く感じます。

理事/事務局長 福士 庸二

 徳島で国際協力を考える会(通称TICO)が誕生して30年。2004年にNPO法人となり、多くの方々に支えられ今日があります。

 TICOと関わったすべての方に、心より感謝申し上げます。

 TICOの門を叩く方はほとんどがフィールドでの活動を夢見、目を輝かせて訪れてくれました。彼らと共に過ごした時間がなんと素敵な時間であったことか、言葉にできません。

 1999年12月、吉田代表に誘われ徳島に一家で移住し、事務局を守ることとなり四半世紀。この間、ザンビアとカンボジアでたくさんのプロジェクトを立ち上げ、挑戦してきました。そこに熱い想いを注いでくれた仲間たちの日に焼けた笑顔が瞼に浮かびます。彼らは今も地球のあちらこちらで輝き続けています。

監事 近森 憲助

 TICO は、四国の徳島で、激動する国内外の情勢に翻弄されながらも、WAHE の旗の下 30 年間にわたり、国際協力活動の歴史を刻んできました。その活動に参加することができたことを、とても幸せに感じています。

 私と TICO とのかかわりは、2006 年頃に地球人カレッジでアフガニスタンの JICA 教育プロジェクトについてお話したことから始まったのではないかと思います。2008 年からは、 TICO のプロジェクト・サイトである、ザンビアのモンボシ地区の小学校を訪問して理科の 授業(80m の糸電話体験など)をしたり、井戸水の検査をしたり、あるいは現地 の先生方対象のワークショップをしたりしていました。

井戸水の水質検査(2013 年3月)
カリミナ校、モンボシ基礎学校校長ムンバ氏が同行

 2013 年度からは、科学研究費助成金を得ることができたので、TICO の支援を受けつつ、 同地区の3つの学校の協力を得て、地域の自然や社会状況あるいは文化などに根差した環境教育の実践について検討するための調査研究を行いました。この間 TICO 本部はもとより、ルサカにあった TICO ザンビア事務所のスタッフのみなさんの強力なバックアップをいただいたことをとても感謝しています。研究成果の現地への還元については、課題を残しつつも、報告を論文としてまとめることができました。

樹木の観察方法についての授業(2015 年 11 月)
モンボシ基礎学校にて

 現在は、高知の私立大学で教育・研究を続けています。その一方で、四国地方 ESD 活動支援センターのセンター長やローカル SDGs(LS)四国共同代表として、四国という地域に根差した SDGs が ESD を通して目指している持続可能な地域づくり活動のお手伝いをしています。

理事 渡部 豪

 早いものでTICOのカンボジア事業に関わって15年になりました。

 この間、一貫して「初期救急対応能力の向上」に焦点を当ててきました。

 「初期救急対応」はカンボジアも日本も含めた全世界の課題です。急患に接触して最初の10分に医療者(一般市民の場合もあります。)がどう対応するかで、その患者の生命が変わってきます。ところが、地方だから、夜間休日だから、中小病院だからといった理由で、十分な初期救急対応がなされていないことが全世界で起きています。

 資機材が十分でなくても、人数が十分でなくても、急患に対して適切な評価と治療を行う方法は存在しています。適切な対応によって患者の生命を救うことができる例を紹介し、必要な知識と技術をトレーニングすることが使命だと考えています。例えば、意識障害の患者さんの気道を確保する、ショック状態になりそうな患者さんを早期に発見して安全に搬送する、といったことを教えていきます。

 今年11月にはカンボジアから日本に研修生を招へいし、トレーニングを行いました。研修生の熱心な姿に希望を見出しています。

皆様のご協力に感謝します。今後ともご支援よろしくお願いいたします。

理事 新田 恭子

 TICO設立の30年前、私もNGO活動を始めました。

 当時は国際協力やボランティアが今ほど市民に身近ではなく、同じ四国で活動していた数少ないNGO仲間として20年程前にTICOと関わるようになったと記憶しています。TICOには医学部生など国際協力に関心を持つ大学生が全国から集まってきていました。吉田代表の自宅を合宿場として、講義やワークショップをしたり、吉田先生の畑で野菜を収穫したり、遅くまで議論したりという2~3泊の合宿でした。私の団体も活用させていただき、学生たちの合宿プログラムも企画しました。農作業体験もでき、採れたての食材で料理もできて学べる国際協力合宿は学生たちから大好評でした。

 TICOでは希望があれば現在も学生たちをカンボジアなどへの同行で受入れています。未来への種まきです。

 当時のメンバーの中には、現在、国連などの国際協力だけでなく様々な現場で活躍する人たちがいます。「あの頃の体験があったから今があります」と連絡をくれる方もあります。蒔いた種が芽を出し、花を咲かせ、次世代を育てる立場になっています。

 国際協力の活動の中には短期で結果が出るものもありますが、日本国内での人材育成のように、現地でも発芽して花が咲き、実を結ぶまでに時間を要するものが多くあります。結果が見えやすいほうが寄付も集めやすいですが、TICOはそんな計算はしない…というか、できない団体です。ちょっと不器用ですが、実直に、よりよい未来へのコミットメントをしようと取り組んでいます。そこを見抜いて支えてくださっている皆様がいるから、今のTICOがあります。

 私自身は日本チャリティショップ・ネットワーク(任意団体)で日本にチャリティショップを拡げる活動もしています。皆さんから無償で提供された品物をリユースすることで環境保全に寄与し、その売り上げで社会の課題解決に取り組むのがチャリティショップです。これからの時代、日本各地にあったら良い仕組みですが、制度の問題もあり広がりは牛の歩みです。NGO、NPO活動も、この30年間での変化は大きいものの、継続は容易ではありません。

 現在私がTICOとしてメインで取り組んでいるのがJICA草の根技術協力でのカンボジア事業(提案:高松市、実施団体:TICO)です。カンボジアの医師たちが自分たちでトレーニングコースを開催し、私たちの事業が終了した後も継続して技術を他者に伝えていく指導者と指導するためのテキストなど環境を整備します。

 カンボジアは近年急成長し、観光地としても魅力的です。この事業期間中、よければ是非カンボジアを訪れ、TICOの現地での研修を視察してみてください。知って、理解して、ぜひこれからも支えてください。(カンボジア料理、美味しいです😊)

元TICO事務局職員 山岡 智亙

 TICO設立30周年、誠におめでとうございます。

 日本の一地方の徳島から途上国の人たちの自立支援活動を、30年間も継続されてきたことは、本当に素晴らしい業績だと思います。吉田代表や、福士事務局長を始め、関係者の皆様のご尽力に心から敬服いたします。また、私もその活動の一部をお手伝いさせていただいたことを光栄に思います。

 早いもので20年も前になりますが、私は2003年から2004年にかけて、ご縁があってTICOの事務局や支援先のザンビアで活動させていただきました。私は1999年まで青年海外協力隊員としてザンビアで活動していましたので、久しぶりに訪れるザンビアに心が躍ったのを覚えています。私が主に担当したのは「干ばつに強い村」WAHEプロジェクトと題するWater(水)、Agriculture(農業)、Health(保健)、Education(教育)という分野横断的な支援を通して総合地域開発をおこなうという野心的なプロジェクトでした。このような多面的な視点で開発を進めていくという考え方は、当時は分野別の支援が主流でしたので先進的な取り組みだったと思います。そのプロジェクトで、20代の若造であった私にもかなり自由にプロジェクトの調査や計画立案を任せていただき、農村金融事業などを試行錯誤させて頂いた懐の深さには感謝しかありません。今から思うと自分の未熟さに冷や汗ものですが・・・。また、さくら診療所やTICO事務局で働かせて頂き、支援者の皆様の寄付に込められた思いに触れたり、日本から現場を支える皆さんの尽力のお手伝いをさせて頂いたりしたことは、今でも私の大切な糧となっています。

 現在はアイ・シー・ネットという国際開発コンサルタント会社で働いています。国際協力機構(JICA)や国連児童基金(UNICEF)といった途上国を支援する政府や国際機関のプロジェクトを請け負って、ミャンマーやパプアニューギニアといった国々で小学校の教科書作成、教員養成や教員研修といった仕事をお手伝いしています。基本的には現地の人々と一緒になって、コツコツと地道に教材や制度を考えて積み上げていく作業で、やっていることの大枠はTICOでの仕事と同じです。当時の経験の多くが今も役に立っています。

パプアニューギニアの教育省のスタッフと
教員研修教材の作成

 最後となりましたが、50年、100年と続くようなTICOの益々の発展と、関係者の皆様のご活躍をご祈念申し上げまして、お祝いの言菓とさせていただきます。

江橋 裕人

 2003年3月から2006年11月までザンビアに駐在しました、江橋裕人です。TICO設立30周年、おめでとうございます。様々な環境の変化の中、活動を継続されていることに敬意を表します。

 吉田先生や福士事務局長のもと、保健医療を中心としつつも分野に拘らず、自己資金や助成金を活用して活動させていただきました。私の赴任がちょうど干ばつに強い村作り(WAHE パッケージ)立ち上げ時期のだったこともあり、チペンビやカルブウェの事業を皆で悩みながら作っていったことを思い出します。

 ザンビア駐在中は、現地の同僚や本部で働く皆さんからたくさんのことを学ぶ機会をいただきました。TICO様を退職後は民間企業に3年お世話になり、その後は特定非営利活動法人AMDA社会開発機構に勤務して、現在はマダガスカル事務所で栄養改善事業に従事しています。ザンビアでの経験が礎となり、離任から17年を経てなお、この仕事に関われているのだと思います。

ンゴンベ訪問時

 35周年、40周年とこれからも長く現地の方々に寄り添っていく姿を拝見することを楽しみにしています。

吉田 純

 TICO設立30周年心よりお祝い申し上げます。

 私は2008年から3年間TICOザンビア事務所にて活動に参加させていただきました。初めてのアフリカ大陸、初めての南半球での生活など、TICOを通じて本当にいろいろな経験をさせていただいたので、一つだけ思い出を選ぶというのは非常に難しいのですが、敢えて選ぶならチピモ(母子集団検診)でしょうか。

 JICAから支援をいただき建設したヘルスポスト。ここで毎月1回、母子集団検診のために、夜明け頃から郡病院の看護師と機材・薬剤を車でピックアップして村に通っていました。ヘルスポストの2㎞程手前に川があり、当時まだ橋を建設している途中でした。そのため川の手前で車を降りて、頭の上に荷物を載せ、積んである土嚢を渡り、歩いて村までいかねばなりません。ヘルスポストに着くと、すでに朝早くから周辺地域から集まっている大勢のお母さんと赤ちゃんたちの検診を看護師、保健ボランティアさんたちと休みなく行い、全てが終了するのは19~20時頃。大変とはいえ、毎回気持ちのいい疲労感とともに帰途についていました。

 ある日の検診は偶然満月の日。ザンビアの自然の雄大さに感動したことは多々ありますが、その昼間としか思えないような明るさの大きなまん丸な月の下、川までの道のりはそれはそれは幻想的でした。まぁ翌月は新月で、前に伸ばした自分の手すら見えない真っ暗闇でしたけど……。「あの川、ワニに気を付けてねぇ~」という暖かい声に見送られ、携帯電話の小さな明かりをかざしながら、ブラックマンバ(毒蛇)を踏みませんようにと祈りながら草むらを歩いたのも、ワニに喰われませんようにと祈りながら土嚢を渡ったのも、いい思い出です…か…ね。。。

 私はTICOを退職後、医学部に入学しなおし医師免許を取得しました。初期研修をしていた2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が起こり、ウクライナとの国境を接するハンガリーでもボランティアチームが国境すぐの村に避難者のためのヘルプセンターを設置しました。多くの国が緊急支援を提供する中、TICOもAMDAと合同チームを編成し、いち早く現地へ飛びました。私も久しぶりにTICOメンバーとして、また医師としてこの活動に参加させていただき感無量でした。

 さらに時は流れ、現在は長年の夢であった法医学の分野で研鑽を積みつつ、さくら診療所に時々出没しております。TICO好きすぎですね。(笑)